トロント大近況

Acceleration Consortium/University of Toronto 見聞録



一杉太郎     


Acceleration Consortium @ Univ. British Columbia

2024年8月6日から8日にかけて、カナダ・バンクーバーのブリティッシュコロンビア大学(University of British Columbia UBC)で開催されたAcceleration Consortium (AC)のイベントに参加しました。ACは、7年間で280億円の予算を持ち、今後の科学技術の方向性を示す場として注目されています。

参加者は約300〜400名程度で、ACは人的ネットワークの形成に力をいれています。25社以上の企業が参加していました。

技術的な交流の場としてはMaterials Research Society (MRS)が引き続き大きな役割を果たすと考えています。2024年度のMRSでは、マテリアルズインフォマティクス、自動・自律実験システムに関わる研究が非常に多く発表されていました。

発表内容

発表は4つのタイプに分類されており、全体の方向性を示す講演が1〜2件、そして、自動・自律実験技術に関する講演が多数ありました。化学や材料科学への応用に関する多数の発表がありました。バイオ関連の発表は予想より少ない印象です。さらに、大規模言語モデル(LLM)の活用方法に関する講演が7〜8件、教育目的のワークショップ(ブートキャンプ)も開催され、研究者や学生にとって有益な学びの場が提供されました。

トロント大学訪問

ACのリーダーで、理論化学や量子コンピュータの専門家であるProf. Alan Aspuru-Guzik、マネジメントを担当(もともと研究者)するDr. Brandon Sutherland、電気化学関連の研究者であるProf. Jason Hattrick-Simpersと面会しました。彼らは日本との非常にコラボレーションに前向きでした。

AC の取り組み

Self-driving laboratory (SDL) と呼ばれるプロジェクトが7つ、さらに、AI & Automation LabとSocial Science Labがありました。特にMaterials Scienceに重点が置かれており、ライフサイエンスよりもMaterials Scienceの色合いが強い構成でした。

各SDLには2名のPIと5名のスタッフサイエンティストが所属しており、全体で35名の専門家が活動しています。スタッフサイエンティストは、ドメイン専門家が2名、AI専門家が1名、ロボット専門家が1名、横断的連携担当が1名という構成で、AIとロボットの専門家がドメイン研究者のそばにいることが大きな利点です。

研究施設とパートナーシップ

AI & Automation Labでは、ロボットの単純作業にとどまらず、先進的なロボット技術や機械学習を活用した研究が進められています。Social Science Labでは、科学技術の社会的インパクトに関する研究が行われています。

企業連携

Tier 1パートナーとして40社以上が参加しており、企業との強力なパートナーシップが構築されています。新しい研究施設が建設中で、各フロア800㎡、全3フロアの建物が2年後に竣工予定とのことでした。この新施設では、「Under the One Roof」で一体的な研究環境構築が予定されています。

Mississauga Advanced Materials Facility

トロントから車で約40分の場所にあるMississaugaには、別予算で運営されている材料科学分野の研究拠点があります。この施設では、CO₂削減(Carbon Capture Utilization and Storage)や電池関連の研究が進行中です。施設は新築され、最新の研究環境が整えられています。

UBCでは、Jason Hein教授とCurtis P. Berlinguette教授の研究室を訪問しました。Jason Hein教授の研究はフロー化学、有機分子、粉体システム、分子の結晶化に焦点を当てており、Croninらと連携して先進的な研究を進めています。IvoryOSやχDLの活用も進められているようでした。

Berlinguette研究室では、ペロブスカイト太陽電池やCO₂キャプチャー技術の自動合成とデバイス評価を行う高度なシステムが導入されています。自動DAC(Direct Air Capture)合成・評価システムが開発されており、デバイスとしての性能評価まで自動化されています。

全体の雑感

今回のカナダ訪問を通じて、日本はハードウェア面で優位性を持っていると感じました。一方、Aspuru-Guzik先生やCeder先生といった理論家をリーダーとして進める機械学習を活用した大規模な研究においては、日本の研究者の奮起が期待されます。理論家や情報科学の専門家との連携が不可欠です。

技術の「民主化」、すなわち、自動・自律実験を誰もが利用できるようにすることの重要性も感じました。これにより、研究者数を実質的に増やし、活動を活性化させることが可能です。低コストで運用可能な装置の構築やメンテナンス、そして使いやすさの追求が重要であり、LLM(大規模言語モデル)がその鍵となります。また、装置のシェアリングや実験手順の共有(χDL)も広まりつつあり、今後の発展が期待されます。日本発の共通データフォーマットMaiMLにも高い関心が示されました。

標準化の動き

標準化の重要性が認識されているものの、現時点では進んでいません。試料サイズやバイアル瓶のサイズなど、一部でデファクトスタンダードは存在しますが、いまだ進んでいないのが実情です。ACのような組織が標準化を主導する役割を果たすことが予想できます。ChemspeedやUnchainedといった企業が標準となる可能性がありますが、ACはコスト面での懸念からChemspeedとの関係を見直しはじめているようです。この点で日本の理化学機器企業に大きなチャンスがあると感じました。次回のACは標準化がテーマのひとつになるかもしれません。

カナダ政府の要求項目とコンソーシアムの要求項目の違い

1. カナダ政府が求めるもの

“材料としての数値”ではなく研究能力の向上を求めています。育成した人材の数、研究コミュニティ育成、共同研究の推進、ワークショップへの参加者、獲得した研究資金(企業からも)、ベベンチャー企業創出、海外との交流数、研究領域の創出等など、世界への“影響力”とも言えるものをKPIにしています。

2. ACプロジェクトとして求めるもの

材料特性の数値が求められています。

 

日本でも1,2をしっかり切り分け、評価を進めることが必要です。研究能力の向上に力を入れるべきで、それが材料特性向上につながると認識しています。

まとめ

カナダでの訪問を通して、日本はハードウェア面で強みを持ちながらも、理論家や情報科学分野の専門家との連携が今後の成長において重要であることを再確認しました。また、標準化や科学技術の民主化、国際的なパートナーシップの強化が今後の課題となるでしょう。今回の経験を活かし、日本が世界の科学技術においてリーダーシップを発揮できるよう、さらなる取り組みが必要です。